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2026/10/13

更年期障害:そのメカニズム

 点と点をつなぐ

歴史を通じて、女性は更年期症状の正確な原因を知らないまま、さまざまな対処法を試してきました。今日では、更年期症状は卵巣ホルモンであるプロゲステロンとエストラジオールの欠乏によって引き起こされることがわかっています。化学者がヒトのホルモンと同じ分子構造のホルモンもそうでないホルモンも自在に合成する方法を解明して以来、最適なアプローチを見つけるために多くの実験が行われ、女性とその医師は幅広い選択肢を提示されてきました。どのような選択をしても、最終的にはエストロゲンなしでは満足な結果が得られないとう結論に達するのが普通です。これは、エストロゲンが女性の体内で独特かつ重要な役割を果たしていることを示しています。私が「更年期症状:私たちは何を訴えているのか?」で述べたように、エストロゲン欠乏に伴う更年期症状の最も一般的で顕著かつ容易に認識できる自覚症状は次のとおりです。
  • 頭の締め付けられる感覚、頭がモヤモヤする感じ、それに伴う集中力の低下
  • ホットフラッシュ(血管運動症状)
  • ストレス感、不安感、イライラ、発汗
  • 低エネルギー、疲れやすい
  • 他の薬物依存症状(ベンゾジアゼピン、モルヒネなど)との類似性
  • 泌尿生殖器/膣の萎縮と潤いの減少
これらの症状の元になっている生理学的メカニズムを解明しようと調べてみると、ホルモン、神経機能、ホットフラッシュ/血管運動機能を関連付けた多くの研究が見つかりました。しかし、私が別の場所で報告したように、脳のモヤモヤ感や集中困難を直接調べた研究は見つかりませんでしたが、エストロゲンが集中力を含む認知機能で果たす役割を、コリン作動性神経系システムの活動を維持する役割という観点から研究されてきたことが分かりました。コリン作動系システムのニューロンとシナプスは、アセチルコリンを使用して信号を伝達し、海馬、前頭前野基底部、新皮質の多くの領域などに存在しますが、神経伝達物質の一つであるアセチルコリン(ACh)がコリン(ビタミンB群の一つ)から作られるため、コリン作動性神経系と呼ばれています。自律神経系のうち、副交感神経系のニューロンもコリン作動性であり、それに対抗する交感神経系はアドレナリン作動性ですが、部分的にコリン作動性です。

エストロゲン、コリン作動系機能低下、集中力低下
  • エストロゲン(エストロゲン受容体α=ERαを介して)は、CREB  (Cyclic adenosine monophosphate Response Element-Binding)(環状アデノシン一リン酸応答エレメント結合タンパク質)と呼ばれるタンパク質が関与するメカニズムを介して、コリン作動性ニューロンのAChシグナルに対する応答を増強します。CREBは、慣れ、習慣化、および依存症の発症にも関与することが知られています。          (Estrogen induces estrogen receptor alpha-dependent cAMP response element-binding protein phosphorylation via mitogen activated protein kinase pathway in basal forebrain cholinergic neurons in vivo. Eva M Szego, Klaudia Barabas, Julia Balog, Nora Szilagyi, Kenneth S Korach, Gabor Juhasz, Istvan M Abraham, 2006 「エストロゲンは、生体内の前脳基底部コリン作動性ニューロンにおいて、マイトジェン活性化プロテインキナーゼ経路を介して、エストロゲン受容体アルファ依存性のcAMP応答エレメント結合タンパク質のリン酸化を誘導する」)
  • エストロゲン(受容体ERβを介して)は、様々な刺激に対する神経応答を低下させるGタンパク質シグナル伝達9-2(RGS9-2)タンパク質の調節に関与している。エストロゲンはRGS9-2を減少させることで、ニューロンの応答性を高める。RGS9-2は依存症にも関与している。Evidence for the involvement of ERbeta and RGS9-2 in 17-beta estradiol enhancement of amphetamine-induced place preference behavior. , Jill L Silverman, James I Koenig  (17βエストラジオールによるアンフェタミン誘発性場所嗜好行動の増強におけるERβとRGS9-2の関与の証拠。)
The effects of manipulations of attentional demand on cortical acetylcholine release.  A M Himmelheber, M Sarter, J P Bruno, 2001 (注意要求の操作が皮質アセチルコリン放出に及ぼす影響。)
Modes and models of forebrain cholinergic neuromodulation of cognition. Michael E Hasselmo, Martin Sarter, 2011  (前脳における認知機能でのコリン作動性神経調整の様式とモデル)

  • エストロゲンはNMDA受容体を介して副交感神経活動を増加させ、GABAa受容体を介して交感神経活動を減少させる。
Estrogen-induced autonomic effects are mediated by NMDA and GABAA receptors in the parabrachial nucleus.  Tarek M Saleh, Barry J Connell, 2003 (エストロゲンが誘発する自律神経に対する効果は、傍腕核のNMDA受容体およびGABAa受容体に媒介される。)

しかし、島皮質では逆に、エストロゲンはGABAa受容体を介して交感神経を興奮させる効果を持つようである。Sympathoexcitatory effects of estrogen in the insular cortex are mediated by GABA.  Tarek M Saleh, Barry J Connell, Alastair E Cribb 2005(島皮質におけるエストロゲンの交感神経興奮作用はGABAによって媒介される。)
    • エストロゲンが不足すると、副交感神経系(コリン作動性)の活動が低下し、交感神経系(アドレナリン作動性)が過剰に活性化する。Estrogen blocks the cardiovascular and autonomic changes following vagal stimulation in ovariectomized rats. T M Saleh, M C Saleh, B J Connell 2001(エストロゲンは卵巣摘出ラットにおける迷走神経刺激後の心血管系および自律神経系の変化を阻止する。)
      • 交感神経系の過剰な活動は、緊張感やストレスの増加、不安感、発汗、ほてり、冷えまたは「体が温まりにくい」状態として現れることがありますが、エストロゲンはこれらすべてを効果的に改善します。
      • 副交感神経系は腺系を制御しているため、副交感神経系の活動が低下すると、性欲減退、ドライアイ、口渇、消化不良など、更年期によく見られる症状として現れることがあります。
      • このようなエストロゲンと自律神経系の関係は、副交感神経活動を高めるもの、あるいは交感神経活動を低下させるものが、更年期症状を緩和できるという観察結果とよく一致しています。こうした効果は、深呼吸の繰り返し、マッサージ、指圧、鍼治療などの様々なリラクセーション法から、クロニジンなどの薬剤まで、幅広く見られます(Pathophysiology and Treatment of Menopausal Hot Flashes. Robert R. Freedman, 2005『更年期ホットフラッシュの病態生理と治療』)。
    コリン作動性ニューロンのこれらの特性は、更年期症状の根底にある神経メカニズムを説明するのに最適な候補となります。集中力の低下だけでなく、ほてりその他の更年期症状も含まれます。これらの研究から浮かび上がってくる理解は、エストロゲン欠乏/依存状態の脳は、コリン作動性/副交感神経系の活動低下と交感神経(アドレナリン作動性)活動の過剰に苦しんでいるということです。これは、私たちが動揺したり、不安になったり、緊張したり、恐怖を感じたりしているとき、つまり交感神経系の活動レベルが高いときには、冷静沈着なとき、つまりコリン作動性/副交感神経系の活動が強いときと比べて、パフォーマンス(認知機能など)が低下するという一般的な理解に一致します。更年期におけるエストロゲンの減少は、脳をさらに不利な状態に陥れ、脳が締め付けられ自由に機能できないようなモヤモヤ感覚は、脳が助けを求める叫びなのかもしれません。しかし奇妙なことに、更年期に関連する認知機能におけるコリン作動系の役割を研究している研究者たちは、更年期障害の自覚症状には関心を示していないようです。

    更年期症状と認知機能障害の関連性
    いくつかの研究によると、女性のほぼ90%が更年期症状を経験します(Bresilda Sierraら、2005年)。症状は最後の月経の約2年前から始まり、何年も続きます。すべての女性のほぼ50%が最後の月経から4年後に血管運動症状を報告し、すべての女性の10%が最後の月経から12年経っても症状を報告しています。最後の月経の前後1年間(更年期後期)が、厄介な症状という点では最も困難な時期のようです(Revisiting the Duration of Vasomotor Symptoms of Menopause: A Meta-Analysis. Mary Politi, Mark Schleinitz, Nananda Col, 2008「更年期の血管運動症状の持続期間の再検討:メタ分析。」)。

    • 一方、英国の研究では、更年期移行期とその後の期間を通して(更年期前、更年期中、更年期後)、検索速度と集中力を測定する作業のパフォーマンスが徐々に低下することが明らかになった。SWAN研究とは異なり、更年期後の女性はこれらの認知タスクにおいて最も低いスコアを示した。(Cognitive function across the life course and the menopausal transition in a British birth cohort. Helen Kok, et. al., 2006.,「英国生まれコホートの生涯にわたる認知機能と更年期移行期の認知機能」)
    • 更年期症状の大きな部分を占めるホットフラッシュは、更年期認知障害が更年期症状の重症度と関係があるならば、ホットフラッシュの重症度と認知機能障害の間に何らかの相関関係が見られると予想される。ホットフラッシュの回数を客観的に測定したときに初めて、「遅延言語記憶」のパフォーマンスとの有意な相関関係が明らかになった(Objective hot flashes are negatively related to verbal memory performance in midlife women. Pauline Maki, et. al., 2008「客観的なホットフラッシュ数は中年女性の言語記憶パフォーマンスと負の相関関係にある」)。
    これらの研究に見られる相違は、使用された作業や測定方法の感度の違いによる可能性があります。感度の低い測定方法では、更年期症状が非常に強い場合にのみその影響を示すことができ、より軽微な障害は見逃されてしまいます。

    更年期と認知機能低下
    高齢期における認知能力の低下は誰もが懸念する問題であり、更年期におけるホルモン分泌停止とホルモン補充は、そうした文脈の中で研究されてきました。更年期ホルモン分泌停止の初期の影響は一時的でホルモン補充療法で可逆的であるように思われますが、症状の重症度は既に生じた損傷を反映している可能性もあります。(Glucocorticoids and the ageing hippocampus. C Hibberd, J L Yau, J R Seckl, 2000, 「グルココルチコイドと加齢した海馬」。Impact of the Hypothalamic-pituitary-adrenal/gonadal Axes on Trajectory of Age-Related Cognitive Decline. Cheryl D Conrad, Heather A Bimonte-Nelson, 2011,  「視床下部-下垂体-副腎/性腺軸が加齢に伴う認知機能低下の軌跡に及ぼす影響」。 Longitudinal Analysis of the Association Between Vasomotor Symptoms and Race/Ethnicity Across the Menopausal Transition: Study of Women’s Health Across the Nation. Ellen B. Gold, et. al. 2006「更年期移行期における血管運動症状と人種/民族との関連性の縦断的分析:全国女性の健康に関する研究」)。

    また、長期にわたるエストラジオール/プロゲステロン欠乏、それに伴う様々な更年期症状に苦しんだあげくに、さまざまなメカニズムによって構造的変化や損傷が生じ、それが不可逆的になる可能性があることも示唆されています(A cross-sectional study of hormone treatment and hippocampal volume in postmenopausal women: evidence for a limited window of opportunity. Kirk I Erickson, et. al. 2010., 「閉経後女性におけるホルモン治療と海馬容積の横断研究:介入タイミング効果の証拠」)。脳の劣化は、さまざまな方法で調べることができます。脳構造と活動パターンの完全性を評価するためには、認知能力を測定するための心理テスト、脳画像の使用、実際の脳組織の検査、または化学分析などがあります。現在の研究のほとんどは、白質または灰白質の容積、特定の領域または全体の神経線維密度、特定のカテゴリーのニューロンの数、代謝トレーサー密度、または血流量の観点から脳の物質的完全性を測定しています。

    女性健康イニシアチブ(WHI)の臨床研究では、結合型馬エストロゲン(商品名:プレマリン)0.625mg/日を、プロゲステロン代替薬としてメドロキシプロゲステロン酢酸エステル(商品名:プロベラ)2.5mg/日を併用した場合と併用しない場合の両方で、認知症のリスクが高いことが示されました(プロベラの化学構造はヒトのプロゲステロンとは同一ではありません)。これらのホルモン剤が血栓リスクに及ぼす悪影響は以前から知られており、WHIの研究でもその影響は避けられませんでした。

    WHIの追跡調査分析では、これらのホルモン剤は、研究開始時に認知機能低下や高血圧の兆候があった女性にとって特に有害であることが示されました。異常な白質病変容積は、WHI研究で使用されたホルモン剤とも関連していました(Postmenopausal hormone therapy and regional brain volumes: the WHIMS-MRI Study. S M Resnick, et. al., 2009「閉経後ホルモン療法と脳の局所容積:WHIMS-MRI研究」;Relationship of hypertension, blood pressure, and blood pressure control with white matter abnormalities in the women's health initiative memory study (WHIMS)-MRI trial., Lewis H Kuller, et. al., 2010「高血圧、血圧、血圧コントロールと女性健康イニシアチブ記憶研究(WHIMS)-MRI試験における白質異常との関係」)。これはまさに、両方のホルモン薬剤に知られていた血栓リスクから予測されていたことだったのです(「ホルモン補充療法:Dos とDon'ts」を参照)。

    一方、フランスのE3Nコホート研究(Postmenopausal Hormone Therapy and Risk of Idiopathic Venous Thromboembolism. Results From the E3N Cohort Study. 「閉経後ホルモン療法と特発性静脈血栓塞栓症のリスク。E3Nコホート研究の結果」)では、経皮天然エストラジオール0.05mg+天然プロゲステロンはホルモン補充療法を全く行わない場合と同様に安全であることが示されましたが、他のすべてのタイプと形態のエストロゲン単独またはエストロゲン+疑似プロゲステロン補充療法は血栓リスクを増加させました。血栓リスクは、臨床的な健康問題が発生するずっと前に、健康な女性でもスロンビン生成の増加として実証できます(Increased thrombin generation among postmenopausal women using hormone therapy: importance of the route of estrogen administration and progestogens. Pierre-Yves Scarabin,et. al., 2011.「ホルモン療法を使用している閉経後女性におけるスロンビン生成の増加:エストロゲン投与経路とプロゲステロンの重要性」)。

    ホルモン補充療法によって更年期症状を緩和すれば、たとえ誤ったホルモン補充療法を用いた場合でも、精神機能や生活の質全般が向上することは疑いの余地がありません。多くの女性がホルモン療法を開始し、継続する主な理由はまさにこの点にあります。しかし、WHI臨床実験とその後の追跡調査、フランスのE3N研究などが示しているように、誤ったホルモン補充療法は長期的に様々な健康リスクを高める可能性があることも明らかです。さらに、統計的な結果ではなく個々の症例に着目すると、血栓症はホルモン開始の数週間以内に、癌は数ヶ月以内に発症した症例があり、誤ったホルモン補充療法の害は、5年以内なら大丈夫だろうなどと高を括っている医者のアドバイスを真に受けてはいけません。

    明らかになっていないのは、適切なホルモン療法が認知機能の低下を遅らせたり、加齢に伴う認知症のリスクを軽減したりできるかどうかです。ある研究(Early menopausal hormone use influences brain regions used for visual working memory. Alison Berent-Spillson, et. al., 2010.「更年期における早期ホルモン使用は視覚ワーキングメモリに使用される脳領域に影響を与える」)では、ホルモンを一度も使用したことがない人と、現在使用している人、または過去に少なくとも10年間継続して使用したことがある人を比較しています。この研究では、ホルモン使用が有利であるという結果が出ています。使用された測定方法は、視覚記憶タスクのパフォーマンスと、機能的MRIで測定された関連する脳活動(視覚記憶タスクにはコリン作動性システムのコア機能が関与する)であった。興味深いことに、ホルモンを中止してから1〜3年後に検査された過去の使用者は、一度も使用したことがない人と比較して優位性を維持していましたが、現在の使用者ほど優位ではありませんでした。過去に使用した人や使用したことのない人の中に更年期症状に苦しんでいる人がいるかどうかは示されていませんでしたが、ほとんどの場合、エストロゲンを中止すると症状が再発することはよく知られています(Vasomotor symptoms usually reappear after cessation of postmenopausal hormone therapy: a Swedish population-based study., Lotta Lindh-Astrand, et. al. Menopause. 2009「閉経後ホルモン療法の中止後に通常は血管運動症状が再発する:スウェーデンの人口ベースの研究」)。また、更年期症状は一部の女性では 12 年以上続くことが知られています。

    また、この研究では、誤ったホルモン剤(エストロゲン補充にプレマリン、プロゲステロンの代わりとしてmedroxyprogesterone acetate(商品名プロベラ)併用または非併用)を使用した閉経後女性を対象としていますが、検査時に病気であったり、その他の健康上の問題を抱えていた女性を除外することで、健康リスクの問題を回避しています。さらに、植物性ホルモンの使用者も除外しています。これらの除外によって、未知のバイアスが生じる可能性があります。また、この研究では、被験者が経験した可能性のあるその他の更年期症状について記述も追跡もしていません。更年期の重大な症状や訴えがない人(現在使用者、過去使用者、未使用者)のみを対象としていれば、研究結果は異なっていたかもしれません。この研究の解釈を困難にする要素は数多くありますが、これまでのところ、更年期ホルモン療法に関する唯一の機能的MRI研究です。

    高齢者のアルツハイマー病(AD)に関する疫学調査では、更年期ホルモン補充療法(HRT)の利点も示されており、HRTの使用期間が長くなるにつれてその利点が増すようです。HRTを10年以上使用した女性は、ADのリスクが男性と同程度であり、使用期間が短いほどリスクが高くなることが示されています(Hormone replacement therapy and incidence of Alzheimer disease in older women: the Cache County Study. Peter P Zandi, et. al., 2002「高齢女性におけるホルモン補充療法とアルツハイマー病の発症率:キャッシュ郡研究」)。残念ながら、使用されたHRTは不適切なホルモン(プロベラ併用または非併用のプレマリン)であったため、解釈が非常に困難です。使用期間が長いほど認知症の発症率が高くなったWHI臨床試験データと照らし合わせて、このデータをどのように解釈すればよいのでしょうか?単に、HRTの使用期間が長いほど、より弱く脆弱な人が亡くなり、回復力のある人だけが生き残ったことを示しているだけなのでしょうか?

    動物実験では、卵巣摘出ラットにおいてエストロゲン単独療法による持続的な効果が少なくとも7ヶ月間持続することが観察されています。(Transient Estradiol Exposure during Middle Age in Ovariectomized Rats Exerts Lasting Effects on Cognitive Function and the Hippocampus. Shaefali P Rodgers, Johannes Bohacek, Jill M Daniel, 2010「卵巣摘出ラットの中年期における一時的なエストラジオール投与は認知機能と海馬に持続的な影響を及ぼす」)。
    これまでのところ、動物実験とヒト実験の両方で、脳のサイズ、ニューロン数、線維密度などの脳の物理的構造は、全体的にも重要な領域においても、脆弱な女性が不適切な形態のホルモンを長期にわたって使用した場合を除いて、ホルモン補充療法によってより良好に維持されることが示されています(Effects of hormone therapy on brain morphology of healthy postmenopausal women: a Voxel-based morphometry study. Marina Boccardi et. al. 2006「健康な閉経後女性の脳形態に対するホルモン療法の影響:ボクセルベースの形態計測研究」;Application of machine learning methods to describe the effects of conjugated equine estrogen therapy on region-specific brain volumes. Ramon Casanova, et. al., 2011 「結合型ウマエストロゲン療法が領域特異的な脳容積に及ぼす影響を記述するための機械学習手法の応用」)。

    しかし、構造的保存が精神機能に関してどのような利点をもたらすかは全く明らかではありません。一部の研究者は、更年期症状に伴う認知機能障害が、その後の認知機能低下や認知症の前兆であると示唆しているようです。しかし、これは確実ではありません。脳は正常な加齢過程の一部として萎縮します。しかし、認知症の初期兆候を示す人に見られる脳萎縮のパターンは、正常な加齢脳のパターンと比較して異常です(Longitudinal pattern of regional brain volume change differentiates normal aging from MCI., I Driscoll, C Davatzikos, et. al., 2009「局所脳容積の経年変化パターンは、正常な加齢と軽度の認知症を区別する」)。認知症は異常な病変容積とも関連しています(Relationship of hypertension, blood pressure, and blood pressure control with white matter abnormalities in the women's health initiative memory study (WHIMS)-MRI trial., Lewis H Kuller, et. al., 2010「女性の健康イニシアチブ記憶研究(WHIMS)-MRI研究における高血圧、血圧、血圧コントロールと白質異常の関係」)。

    介入の効果はタイミングに依存するか?
    研究者たちは、ホルモン補充療法を行う上で重要なタイミングが存在するかどうかを解明しようとしてきました。つまり、そのタイミング(最後の月経から数年など)を逃してしまうと、ホルモンはもはや正常な機能を取り戻す効果を発揮しなくなるのではないかということです。さらに悪いことに、ホルモンの欠乏は劣化プロセスの引き金になる可能性もあるのです。
    これらの研究は、介入タイミング効果が存在することを証明しているのでしょうか?そう簡単にはいきません。コリン作動系がエストロゲンから恩恵を受けるためには、エストロゲン受容体を持っている必要があります(Viral Vector-mediated Delivery of Estrogen Receptor-alpha to the Hippocampus Improves Spatial Learning in Estrogen Receptor-alpha Knockout Mice. Thomas C Foster, et. al., 2008「ウイルスベクターを介したエストロゲン受容体αの海馬への送達は、エストロゲン受容体αノックアウトマウスの空間学習を改善する」)。プロゲステロンはエストロゲン受容体の発現を左右するため、エストロゲン単独療法を用いて介入タイミング効果仮説を検証する研究が数多く行われてきたのは見当違いであり誤りです。プロゲステロンを適切に使用することの重要性と利点は、さまざまな研究で示されています。
    言い換えれば、介入タイミング効果仮説を証明するには、適切な形態のエストロゲン+プロゲステロン療法を用いた研究が必要なのです。

    ホルモン補充療法は、長期間のホルモン欠乏後でも効果があるという証拠もあります。プロゲステロン療法の開始は、閉経後、80歳以上であっても骨密度に影響を与えることが実証されています(Osteoporosis reversal with transdermal progesterone., John R. Lee 1990, 「経皮プロゲステロンによる骨粗鬆症の改善」、What Your Doctor May Not Tell You About Menopause, by John R. Lee, M.D. with Virginia Hopkins, 1996「医者も知らないホルモン・バランス」も参照)。私自身、80代で初めてプロゲステロン療法を開始した高齢女性の髪が再び生え始めたのを目の当たりにしました。

    ホルモンが保護するのはコリン作動系だけではない
    更年期の認知機能低下に関する研究では、コリン作動系が焦点となってきました。ホルモンの影響を示す認知タスクは、注意プロセス、中枢機能、処理速度、学習、ワーキングメモリ、等々などとして特徴づけられることが多い。例えば、様々なバージョンのキュー提示による多肢選択タスクは、視覚注意の維持を評価するために用いられてきました。キューは、注意を払っていないと見逃してしまうような短い時間だけ提示されます。視覚注意の維持は、特に海馬において、コリン作動系の中核機能の一つとして浮上しているものです。

    文脈によっては、記憶障害として感じる人もいるかもしれませんが、私が経験した認知障害は、集中力の低下が中心的な自覚症状で、特にコンピュータ画面での作業時に顕著でした。人によっては目の疲れとして感じるかもしれません。目の前の作業を完了するために、画面上の特定の部分に視線を集中させ、思考の流れや場所を見失わないようにするのは非常に疲れる作業で、注意の維持をあきらめて、目を閉じて休みたくなるのを我慢し、疲労がたまっていく。これらの特徴は、コリン作動系が低活動状態にあることから生じる「持続的視覚注意」の障害という概念によく合致します。同様に、中年のコンピュータ端末オペレーターを対象とした研究では、作業関連の身体的不快感スコア(主に目だが、腕、首、肩、腰も含まれる)が更年期症状スコアと相関していることが示されており(Sumika Yoshimura 2007)、更年期症状が不快感や困難の元になっている可能性が示唆されています。

    ホルモンの影響を実証するために研究で使用された認知課題すべてを調べたわけではありませんが、私の印象では、それらは注意、集中力、または意識的な努力を必要とする課題であり、単に既存の記憶やスキルにアクセスしたり、空想にふけったりするのと比べて、より多くのエネルギーを必要とするものです。機能低下は主にコリン作動系にあると言いたくなりますが、それはほんの一部に過ぎないかもしれません。影響を受けた認知機能のエネルギー需要の高さは、神経エネルギー産出におけるホルモンの役割を示唆しており(Progesterone and Estrogen Regulate Oxidative Metabolism in Brain Mitochondria. Ronald W Irwin, 2008 「プロゲステロンとエストロゲンは脳ミトコンドリアの酸化代謝を調節する」)、コリン作動系のみに影響すると考える理由はありません。

    コリン作動系は正常な精神機能に不可欠な部分であるため、認知症患者の脳には必ず何らかのコリン作動系の異常が存在します。だからといって、その障害がコリン作動系特有のものであるとか、コリン作動系に起因するものであるとは必ずしも言えませんが、高齢者の認知症予防には、脳の健康に幅広い影響を与えるホルモンの保護的な役割に期待したい。例えば、次のような役割です。
    決着をつけるために
    以下の質問に対する明確な答えが必要です。
    • 適切なホルモン療法(バイオアイデンティカル経皮エストラジオール0.03~0.05mg/日+バイオアイデンティカル経皮プロゲステロン10~20mg/日、継続投与)を使用した場合、閉経後の女性は全員、認知機能や健康全般でホルモン補充療法の恩恵を受けるのでしょうか?
    • 成人してからの人生全体を通してホルモンバランスを維持し、体内でプロゲステロンが十分に生成されなくなった場合にバイオアイデンティカル経皮プロゲステロンを補充することで、脳をはじめとする全身の健康を守ることは可能でしょうか? 
    • そして、適切なホルモン補充療法は、更年期症状の重症度を軽減する効果はあるのでしょうか?
    答えは「はい」「はい」「はい」であるべきです。この考えは、レイ・ピート博士とジョン・R・リー医師が数十年前、当時入手可能だった研究に基づいて到達した結論に由来しています。彼らの提言は世界中の多くの医師や女性によって実践され、良い結果をもたらしています。今日では、バイオアイデンティカル天然ホルモンが女性や男性の健康をどのように守るかを示す研究が数多く存在します。以下は、ホルモンだけの神経保護作用に関する研究のごく一部です。証拠は圧倒的です。不足しているのは、これらの具体的な疑問に人間で答えるために設計された実際の研究だけです。

    WHI臨床試験は、更年期ホルモン療法に関する多くの疑問に答えるのに十分なデータを提供するはずでした。しかし実際には、更年期を迎えた女性を一世代丸ごと長年にわたって危険とわかっていたホルモンもどきで薬漬けにし、消費者と医師の両方を不安と混乱に陥れ、研究者を誤った方向へ向かわせる結果となったのです。すべては、間違ったホルモン療法のみを使ったからでした。プレマリンやプロベラ、プレムプロといった薬剤には数々の深刻な副作用があることは、かなり前から知られており、製薬業界や医療機関はそれを無視、あるいは隠蔽してきたのです(The Hormone War is Heating Up「ホルモン戦争が激化している」を参照)。このような事態が常態化していることは本当に恥ずべきことです。

    過剰摂取に注意
    また、エストロゲンはコリン作動系や人体の他の多くの部分で重要な役割を果たしているものの、興奮性毒素でもあるため、プロゲステロンの保護がないと、脳がストレスに対してより脆弱になる可能性があることにも留意すべきです。エストロゲンは過剰摂取すると脳に害を及ぼす可能性があり、以下の研究で示されているように、心理社会的ストレスに対するストレスホルモンの反応を増幅させる可能性があることが知られています。

    一方、動物実験でもヒトでも、プロゲステロンの過剰投与は、プロゲステロンとその代謝物のGABAaを介した鎮静作用により、別の種類の問題を引き起こす可能性があります(「Pharmacology of endogenous neuroactive steroids., Doodipala Samba Reddy, 2003「内因性神経活性ステロイドの薬理学」)。重度の鎮静状態にある動物(あるいはヒトも同様)が認知タスクで良好なパフォーマンスを発揮することは期待できません。認知機能だけでなく、運動機能も消化機能もスローダウンします。さまざまな投与量で実験を行う研究者は、より低い投与量の方が効果的であることが多いと結論付けています(Effects of estrogen and progesterone treatment on rat hippocampal NMDA receptors: relationship to Morris water maze performance. El-Bakri NK, et. al. 2004「ラット海馬NMDA受容体に対するエストロゲンおよびプロゲステロン投与の影響:モリス水迷路パフォーマンスとの関係」、Different role of endothelium/nitric oxide in 17beta-estradiol- and progesterone-induced relaxation in rat arteries. H Y Chan, et. al., 2001「ラット動脈における17β-エストラジオールおよびプロゲステロン誘発性弛緩における内皮/一酸化窒素の異なる役割」)。

    注:プレマリン+プロベラ(WHI臨床試験で使用され、米国で最も一般的に処方されてきた)は、服薬遵守率が低いことで知られており、多くの人がその使用感を好まず、すぐに服用を中止します。その理由については最近の研究が手がかりを提供しています。プロベラ(プロゲステロン代替薬)は重要な神経活動を抑制します(Impact of progestins on estradiol potentiation of the glutamate calcium response. Jon Nilsen, Roberta Diaz Brinton 2002「プロゲステロン代替薬がグルタミン酸カルシウム反応のエストラジオール増強に及ぼす影響」)。神経活動への悪影響と一致して、プレマリン+プロベラ(または単にHTまたはHRTと呼ばれる)は、ホットフラッシュを軽減しながら言語記憶のいくつかの側面を悪化させることが観察されました(Effects of botanicals and combined hormone therapy on cognition in postmenopausal women. Pauline Maki, 2009「閉経後女性の認知機能に対する植物性漢方薬とプレマリン+プロベラ併用ホルモン療法の影響」、Effects of the menopause transition and hormone use on cognitive performance in midlife women., G A Greendale,et. al., 2009「更年期移行とホルモン使用が中年女性の認知機能に及ぼす影響」)。