発生率
2009 年に出版されたレビュー 『Premenstrual syndrome and premenstrual dysphoric disorder: quality of life and burden of illness.』 (著者:Andrea J Rapkin, Sharon A Winer (Professor of Obstetrics and Gynecology, David Geffen School of Medicine at UCLA, Los Angeles, USA)) によると「生殖可能年齢の女性の 20% にとって PMS 症状は苦痛であり、3~8% が 対人関係や職場での仕事にさしさわりが出るほどの症状に苦しんでいる。PMS とそれより重い premenstrual dysphoric disorder (PMDD:月経前不快気分障害) で見られる典型的な症状には、いらいら、怒り、気分変動、うつ、緊張・不安感、腹部膨満、乳房の痛み、疲労感 などがある。症状はほとんど閉経まで毎月繰り返し発生し、平均 6 日間続く。PMDD では、本格的なうつ病と同程度の障害に苦しむ。閉経までにそのような女性が重い症状に苦しむ日数を合計すると、ほぼ 3000 日近くになると推定される。20 年前までは、重い PMS の症状に対する効果的な治療は知られていなかった。2000 年現在でも、PMS に苦しむ米国女性の 3/4 は医者に相談していないか、少なくと5 年以上にわたって3人以上の医者に相談したが効果を見ていない。」(筆者訳、以下同様)
2007 年に出版されたレビュー『Premenstrual syndrome』 (著者: Irene Kwan, Joseph Loze Onwude (Royal College of obstetricians and gynaecologists, London, UK.)) によると、「PMS は生殖可能年齢の女性の 95% で発生する。障害を伴う重い PMS の症状は約 5% の女性に見られる。重症度の判定に関する統一見解は確立されておらず、さまざまの尺度が重症度の評価に使用されているので、治療の効果を比較するのが困難である。」なぜこのような状況判断が言い訳になるのか良くわからないが、このレビューを書いた医師たちは、PMS の根本原因にはまったく興味を示さずに、治療の効果を評価しようとしている。しかも、評価対象のデータは現在医学会で広く認められている治療のみという、偏ったデータしか見ていない。
現在の医学で広く認められている治療が効果を上げていないことは明らかなのに、なぜ根本原因を考えずに治療効果を比較できると考えるのか、理解に苦しむけれども、幸い発生メカニズムと根本原因の解明を目指す研究も存在するので、ここでは、そのような研究に焦点を絞って見ていくことにする。
何を PMS の研究に含めるか
月経周期に関連して発生する症状を扱う研究には、次の4つの研究分野が存在することがわかった。
- 過敏性腸症候群 (IBS: Irritable bowel syndrome): 女性の場合、主に便秘と生理の開始に伴う便秘の解消、軟便、重い生理に伴う渋り腹など。
※男性の場合は、IBS の大多数が下痢であり、便秘が主体の女性の症状を同じ症候群に入れることがこの分野の研究に役立つのかという疑問が残る。
- PMS: 身体的症状として、乳房の張りと痛み、体重増加、頭痛、腹痛、腹部膨満、食物渇望、乾き、吐き気、関節痛、にきび、めまい、痛覚過敏などがあり、精神心理症状として、いらいら、無気力と疲労感、うつ、不安感、攻撃性などのいずれかが見られる。
- PMDD (Premenstrual Dysphoric Disorder、PMS の症状が重くなったものと考えられている)
- 月経随伴性てんかん(月経前に癲癇が悪化する): 研究目的では、癲癇の発生頻度が普通の日の2倍ある期間が存在すると、月経随伴性てんかんと分類される (Hormones and Epilepsy. Mira Katan, Epileptologie 2011; 28)。
月経周期との関係:月経随伴性てんかん
症状の定義が一番はっきりしている月経随伴性てんかんから見てみることにする。 次の図は『Three patterns of catamenial epilepsy』( A G Herzog, P Klein, B J Ransil, 1997) からの引用で、正常な月経周期では癲癇が悪化する期間が2 つ (C1 と C2) があり、無排卵 (無黄体ホルモン) の月経周期では、C1 と C2 の切れ目がなくなって 1 つ (C3) になっていることを示している。いずれも、エストロゲンが高くプロゲステロン(黄体ホルモン) が低い期間である。
Three patterns of catamenial epilepsy. A G Herzog, P Klein, B J Ransil, (1997) より
下の癲癇の発生回数を示すグラフを見ると、C1 (生理の 3 日前から 3 日目まで) が月経随伴性てんかんのもっとも発生しやすい期間であり、排卵の前後 (生理の開始から10 ~13 日目) にも増加することが示されている。一方、 無排卵 (無黄体ホルモン) の月経周期では、卵胞期 (4 ~ 9日目) を除く全期間で発生回数が高くなっている。無排卵月経周期は生殖機能が老化して衰えると頻繁に発生するようになることも知られている。
Three patterns of catamenial epilepsy. A G Herzog, P Klein, B J Ransil, (1997) より
似たようなホルモンバランス (エストロゲンとプロゲステロンの比率) の変化は、 産後にも見られる現象であり、[Epilepsy and pregnancy] (I E Poverennova, A V Iakunina, E N Postnova, V A Kalinin, I S Kordonskaia, L E Chueva 2008 ) によると、「出産前の数週間から出産後の7日間は癲癇が悪化する期間として注目されるべき期間であり、この期間に発生する癲癇は睡眠不足と著しいホルモンの変化に関係している。」
月経周期との関係:PMS
排卵のある正常な月経周期における PMS 症状の自己評価 (Symptom patterns in women with premenstrual syndrome complaints: a prospective assessment using a marker for ovulation and screening criteria for adequate ovarian function. H Sveinsdottir, N Reame 1991) を見ると、上記の月経随伴性てんかんと似たようなパターンが見られる。 つまり、下のグラフに見られるように、生理の後から排卵前 (LHサージ) までは症状がないのが普通で、生理前の数日と生理が始まってからの数日 (25日目 ~ 3日目、0~3 =出血が多い日、てんかんの C1 に対応する) が最も悪化する。症状の出る期間とその程度には個人差があり、排卵があっても、てんかんで見られた C2、C3 に対応して、エストロゲンが高くなる排卵直前から症状の出る人もいる。
つまり、生活に支障きたすほどではないけれども、生理が近くなると気分が悪くなり、生理が始まって数日後に気分がよくなるのが一般的である (Patterns of mood changes throughout the reproductive cycle in healthy women without premenstrual dysphoric disorders. X Gonda, T Telek, G Juhász, J Lazary, A Vargha, G Bagdy 2008)。重度の PMS と考えられている PMDD は癲癇と関連があるという知見も存在し、その症状は癲癇の合間に見られる気分の悪化に似ているという指摘もある (To what extent do premenstrual and interictal dysphoric disorder overlap? Significance for therapy. D Blumer, A G Herzog, J Himmelhoch, C A Salgueiro, F W Ling 1998)
月経周期との関係: 過敏性腸症候群
生理が近くなると便秘が解消し、生理の開始とともに渋り腹や下痢・軟便が発生するというバターンは、PMSの一部としてではなく、過敏性腸症候群の一部として研究されてきたけれども、よく見られる症状である (Meta-analysis: do irritable bowel syndrome symptoms vary between men and women? M A Adeyemo, B M R Spiegel, L Chang, 2010)。 これは私が経験したパターンでもある。
残念ながら、月経周期あるいはエストロゲンとプロゲステロンの比率と過敏性腸症候群との関係を調べた研究が見つからなかったので、自分の体験を基にするしかない。振り返ってみると、2種類のパターンを経験してきた。ひとつは45歳での外科的閉経前に見られたパターン、もうひとつは閉経後にエストロゲン単独のホルモン補充をしていたときに見られたパターンである。 閉経前は、生理の2日前まで便秘が徐々に悪化し、2日前になると突然便秘が解消し、生理が重い期間(2、3日)は頻便、軟便になるというパターンであった。(不思議なことに、便秘の解消に伴って、尿に独特の芳香があったことを記憶している。しかもその日に一回だけ。新しい月経周期をトリガーする物質なのかもしれないが、このタイミングで一回だけ分泌されるそのような物質については聞いたことがない。)
プロゲステロンが便秘やPMSの原因であるという説明をよく見るけれども、便秘もPMSもプロゲステロンがピークに達する排卵後1週間目ではなく、プロゲステロンが低下し始めてから悪化するという現象をみれば、そのような説明に根拠がないことがわかる。
閉経後、エストロゲン単独のホルモン補充を続けていた、つまり、極端なエストロゲン優位になっていた数年間は、便秘と下痢を繰り返すことが多かった。下痢は疲労とストレスに伴ってトリガーされることが明らかだった。この下痢は一過性で、腸が空になって液体しか出なくなると終わるというパターンだった。この問題は、ホルモン補充にプロゲステロンクリームを追加することによって、一気に解決した。一方、便秘の方は、体調や食事に左右されるらしく、時々利便剤を使うこともある。現在は、水分とマグネシウム、さらにほうれん草などの緑の葉野菜が役に立つようなので不足しないようにしている。
残念ながら、月経周期あるいはエストロゲンとプロゲステロンの比率と過敏性腸症候群との関係を調べた研究が見つからなかったので、自分の体験を基にするしかない。振り返ってみると、2種類のパターンを経験してきた。ひとつは45歳での外科的閉経前に見られたパターン、もうひとつは閉経後にエストロゲン単独のホルモン補充をしていたときに見られたパターンである。 閉経前は、生理の2日前まで便秘が徐々に悪化し、2日前になると突然便秘が解消し、生理が重い期間(2、3日)は頻便、軟便になるというパターンであった。(不思議なことに、便秘の解消に伴って、尿に独特の芳香があったことを記憶している。しかもその日に一回だけ。新しい月経周期をトリガーする物質なのかもしれないが、このタイミングで一回だけ分泌されるそのような物質については聞いたことがない。)
プロゲステロンが便秘やPMSの原因であるという説明をよく見るけれども、便秘もPMSもプロゲステロンがピークに達する排卵後1週間目ではなく、プロゲステロンが低下し始めてから悪化するという現象をみれば、そのような説明に根拠がないことがわかる。
閉経後、エストロゲン単独のホルモン補充を続けていた、つまり、極端なエストロゲン優位になっていた数年間は、便秘と下痢を繰り返すことが多かった。下痢は疲労とストレスに伴ってトリガーされることが明らかだった。この下痢は一過性で、腸が空になって液体しか出なくなると終わるというパターンだった。この問題は、ホルモン補充にプロゲステロンクリームを追加することによって、一気に解決した。一方、便秘の方は、体調や食事に左右されるらしく、時々利便剤を使うこともある。現在は、水分とマグネシウム、さらにほうれん草などの緑の葉野菜が役に立つようなので不足しないようにしている。
タイミングから判断すると、PMSは、排卵のある月経周期では便秘が悪化する期間と重なっている。一方、下痢はエストロゲン優位が続く、排卵のない月経周期で発生しやすくなるというのが、私の体験からの結論である。PMSの精神心理的症状として上げられている - 不安感、対人関係過敏、うつ、攻撃性、感情の身体症状化などはすべて過敏性腸症候群でも観察されている (Irritable bowel syndrome: physiological and psychological differences between diarrhea-predominant and constipation-predominant patients. W E Whitehead, B T Engel, M M Schuster 1980; Coping strategies, illness perception, anxiety and depression of patients with idiopathic constipation: a population-based study. C Cheng, A O O Chan, W M Hui, S K Lam 2003; Are anxiety and depression related to gastrointestinal symptoms in the general population? T Tangen Haug, A Mykletun, A A Dahl 2002; Psychological state and quality of life in patients having behavioral treatment (biofeedback) for intractable constipation.Heather J Mason, Esther Serrano-Ikkos, Michael A Kamm 2002)。
しかし、ここで注意しなければならないのは、単純なアンケート形式の心理テストで 「うつ」と診断されても、PMSや IBS患者の場合、本物のうつ病患者に見られる認知機能の変化 (Mood and cognitive style in premenstrual syndrome. A J Rapkin, L C Chang, A E Reading 1989) や、神経ホルモン系のストレス応答機能の変化が見られず (Differential menstrual cycle regulation of hypothalamic-pituitary-adrenal axis in women with premenstrual syndrome and controls. Catherine A Roca, Peter J Schmidt, Margaret Altemus, Patricia Deuster, Merry A Danaceau, Karen Putnam, David R Rubinow 2008) 、うつ病と区別する必要があるということである。
便秘にはさまざまの身体的な不快感が伴うということは、便秘に苦しんだことある人なら誰でも知っていることだと思う。頭痛が伴ったり、頭がすっきりしない、元気が出ない、等々。そうなると、機嫌も悪くなる。生理的には、排泄されるべき毒素が排泄されずに再吸収されたり、有害な腸内細菌が増殖して有害物質を分泌したり、マグネシウムなど重要な栄養素が腸内細菌に横取りされたりする。一方、下痢を繰り返すと、重要な電解質が排泄され低下する。それにもかかわらず、便秘も下痢も身体的症状や精神心理的症状の原因として重要視されていないように見える。幸い、便秘も下痢も多くの場合簡単に解消できる。便秘にはマグネシウム、下痢にはプロゲステロンクリームが効果的である。 その理由については発生メカニズムと根本原因のページで考察してみた。
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