生殖機能の衰えに伴って発生するホルモンバランスの崩れの推移を順を追って見てみましょう。
初期-この段階ではまだ生理の乱れや変調が見られないのが普通ですが、正常パターンとの比較ではLHとFSHが既に異常に高くなっているので、卵巣過剰刺激状態になっています。エストロゲンはまだ高くなっていませんが、黄体期の黄体ホルモンが低くなっているためエストロゲン優勢になります(図1参照)。この時期には黄体化非破裂卵胞症候群(LUFS Luteinized Unruptured Follicle Syndrome) があったりします。PMSの主症状としてイライラを上げる人が多いのは、鎮静剤として重要な作用を持つプロゲステロンとその派生ホルモンの不足を反映しています。
むくみとそれから派生する症状、つまり、卵巣過剰刺激症候群(ovarian hyperstimulation syndrome: OHSS)の初期症状が見られるようになります。軽度の場合は、「病気」とは考えられていない症状が多く、不定愁訴、PMS、月経困難症、といったラベルがよく使用されます。周期も短くなる傾向があります。卵巣の過剰刺激を抑制しOHSSを予防するためにプロゲステロンの補給が必要になってくる時期です。PMSの80%はプロゲステロン補充で改善すると言われています。不妊治療でのOHSSの予防にはプロゲステロンの補給が必須とされています。
PMSは普通ならプロゲステロンの高くなる黄体期に発生するため、プロゲステロンが引き金になると説明されていたりしますが、これは単純な相関関係と因果関係の区別を知らない人が言うたわごとです。しかもPMSが悪化する段階では黄体期でもプロゲステロンが高くならず、エストロゲンのみが高くなります(図2参照)。
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中期-この段階になると、LHとFSHだけでなくエストロゲンが非常に高くなり(図2参照)、卵巣過剰刺激症候群(ovarian hyperstimulation syndrome ; OHSS)、つまり排卵促進治療を受けたときの副作用と同じような症状(卵巣がはれる、多のう胞性卵巣、下腹部痛、腹部に水がたまりおなかが張る、むくむ、体重増加、尿が少なくなる)や皮膚の奇妙なかゆみやミミズ腫、不正出血、生理不順、重い生理、乳房の張りやしこり、その他が程度の違いはあってもはっきりしてくる時期です。
排卵があるように見えても、正常との比較で見ると、エストロゲンが著しく高くなっているのに対し、プロゲステロンが高くなるべき黄体期にもプロゲステロンはわずかしか上がらずエストロゲンが著しく高くなっています。FSHとLHが引き続き高く卵巣過剰刺激が進行していますが、無排卵月経も多くなります(図3参照)。
これは最も危険なホルモンパターンで、40歳前半には乳房の張りやしこり、生理前の下腹部の痛みや腫れ(腹水、卵巣のう腫、多のう胞性卵巣)、不正出血、生理不順、重い生理などで異常に気が付く人が増えてきます。乳ガン、子宮ガン、子宮筋腫、子宮肥大などのリスクも高くなってきます。
卵巣過剰刺激症候群の根底には血管壁の透過性が異常に上がるという現象があるわけですが、そのメカニズムは解明されていないという説明をあちこちで見かけます。とんでもない話です。エストロゲンとプロゲステロンが細胞膜や血管壁の透過性に正反対の影響を及ぼすことは何年も前からレイ・ピート博士が指摘していたことです。
エストロゲンとプロゲステロンは表皮細胞の透過性をコントロールするCFTR(cystic fibrosis transmembrane conductance regulator)という物質の増減を左右することが確認されています。もちろんエストロゲンは表皮細胞の透過性を増加し、プロゲステロンはそれを抑えるように作用します。これは動物実験で確認されていることですが、卵巣過剰刺激症候群の予防にプロゲステロンが重要であることが臨床実験でも繰り返し確認されている事実を無視することはできません。
卵巣過剰刺激を抑制し、エストロゲン過多とプロゲステロン不足を補正して細胞膜の浸透性を正常化するためにプロゲステロンの補充が最も重要な時期です。余分なホルモンが体にたまらないように排泄機能の管理も重要です。このときに糖尿病、インシュリン抵抗、慢性ストレスなどがあると、症状はいっそう悪化します。
▲図 2. 生殖機能の衰え中期: 1周期分のホルモン推移 出典:Characterization of Reproductive Hormonal Dynamics in the Perimenopause, Santoro, N. et al., J Clin Endocrinol Metab, 1996 |
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早発性卵巣機能不全(35歳以下で卵巣機能不全の診断を受けた人の例)-通常の更年期と同じようにFSHとLHが高レベルで推移し、卵巣の過剰刺激が見られます。黄体ホルモンが上がることがないのに対してエストロゲンが高くなる期間が時々あり、それに伴って生理もたまにあります。閉経後と同じような低エストロゲン状態になっている期間も見られます。
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後期(閉経後)-FSHもLHも高レベルで推移しています。FSHの上がり下がりが少なくなっていますが。LHには上がり下がりが見られますます。一方エストラジオールとプロゲステロンはゼロ近くで安定しています。
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閉経前後から閉経後数年(平均5年ともいわれていますが、10年以上続く人もいます)にかけて最もよく見られる症候群は血管運動神経障害症候群です。突発的に発生するほてり、のぼせ、発汗、寝汗、動悸、さらには頭のモヤモヤ、疲労感などが自覚症状です。これはエストラジオールの上がり下がりが激しくなり、生理が不順になる閉経前にも見られ、エストラジオールもプロゲステロンもゼロ近くで安定する閉経後も続きます。エストラジオールが高レベルで上がり下がりする時期にも発生する理由は、これが一種の禁断症状だからです。
この種の更年期障害の重さには大きな個人差があり、エストラジオールが異常に高くなった程度が大きいほど、その期間が長かったほど、つまりPMSの症状が重く長期間続いた人ほど更年期障害も重くなるという報告があります。この症状を抑えるのが目的でホルモン補充を始める人が多いようですが、理想的にはプロゲステロンが低下し始める初期段階からプロゲステロンの補充を開始し、生理が不順になって滞り勝ちになったら、必要に応じて超低量エストラジオール(1日あたり25~50マイクログラム)の張り薬をプロゲステロンと併用するのがもっとも安全で効果的です。
膣の潤いの減少はエストロゲンの絶対量が低下すると発生します。これは膣だけでなく尿道や膀胱の組織にも影響し、尿が漏れやすくなったり、炎症を起こしやすくなったりします。それはその部分への血液の供給が低下するのが直接の原因ですが、ホルモンの低下による血液供給能力の低下(必要に応じた血管の拡張能力が低下する)は全身で発生し、いわゆる老化による組織の退化萎縮が進行します。血管運動神経障害症候群が消えた後でもエストロゲンの補充を考えるとすれば、これらの問題への対処の一環としてホルモン補充を含める場合です。
参考リンク・文献・資料
Menstrual Cycle Changes across the Menopause Transition
Santoro et al., J Clin Endocrinol Metab, June 2004, 89(6):2622-2631
Characterization of Reproductive Hormonal Dynamics in the Perimenopause,
Santoro, N. et al., J Clin Endocrinol Metab, 1996, 81(4):1495-1501
Estrogen-induced abnormally high CFTR expression results in ovarian hyperstimulation syndrome
Louis Chukwuemeka Ajonuma, et. al., First published July 28, 2005 as doi:10.1210/me.2005-0114
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