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2014/12/18

お粗末な天然プロゲステロン研究の現状








更年期後の骨の健康に及ぼすプロゲステロンの影響

閉経前で生理があるということは、子宮内膜が肥厚するだけのエストロゲンが分泌されていることを意味しますが、プロゲステロン(黄体ホルモン)は排卵がなければ分泌されないので、プロゲステロンは必ずしも毎回分泌されるとは限りません。「骨の維持とプロゲステロンの役割」で見たように、閉経前の研究では、プロゲステロンが骨の健康の鍵を握っていることが示されています。同じことは、閉経後のホルモン補充療法でも言えると考えるのが妥当です。しかし、これまでに蓄積されてきた研究を読む限り、プロゲステロンの骨に対する保護的役割は無視できるレベルか、あったとしてもエストロゲンの骨を保存する作用を補助するだけのマイナーな役割しかないという印象を持ちます。これは本物のプロゲステロンを使った場合でも疑似プロゲステロンを使った場合でも大差ありません (Long-term effects of progestins on bone quality and fractures. Jos H H Thijssen 2007 のレビューを参照)。一方、組織培養や動物を使った実験では下記のように、プロゲステロンの効果を明白に示すものが沢山あります。
残念ながら、ホルモン補充療法の歴史を振り返ると、プロゲステロンの補充には疑似プロゲステロンを処方するのが主流になっていたので、本物のプロゲステロンを使った臨床データはほんのわずかしか蓄積されていません。その草分けとなったのがJohn R. LeeによるOsteoporosis Reversal: The Role of Progesterone [骨粗鬆症からの回復:プロゲステロンの役割] (International Clinical Nutrition Review 1990, What Your Doctor May Not Tell You About Menopause, by John R. Lee, M.D. with Virginia Hopkins, 1996でも詳しく説明されています) です。これは、開業医であったドクター・リーが市販のクリーム形態のプロゲステロンを自分の患者に適用した臨床データをまとめたレポートですが、そのとき使用されたプロゲステロン投与方法は120~40mg1ヶ月に 21 日間継続するというものでした。エストロゲンの補充は更年期障害の抑制に必要な場合にのみ併用され、実際に使用したのは患者の 40% ほどでした。当時利用可能だったエストロゲン製品から、経口エストラジオール 0.3mg、プレマリン 0.65mg、エストロゲン膣座薬などが使用されました。患者の年齢は38 83歳、治療開始時の腰部脊椎の骨密度は 0.5~1.3 g/cm2 でした。このデータの興味深い側面の一つは、患者の年齢に関係なく、エストロゲンを使用したかどうかにも関係なく、骨密度の増加(2~23% または 0.03~0.16g/cm2)が骨粗鬆症の重症度に比例しているということでした。つまり、骨密度が低い人ほど、骨密度の回復が大きかったわけで、骨粗鬆症の治療としては望ましい結果であったといえます。別の言い方をすれば、骨密度が正常な人では、余分な骨密度の増加が起きていないということになります。
これまでの骨粗鬆症の研究の主流を占めてきたエストロゲンやビスフォスフォネートなどの骨吸収阻害薬を使った臨床データが Claudie Berger et. al. (Change in bone mineral density as a function of age in women and men and association with the use of antiresorptive agents 2008) によって集計されていますが、ドクター・リーの骨密度回復データと比べると大きな差 (10 倍以上) があります。骨吸収阻害薬での骨密度回復は -0.04 ~ 0.01g/cm2 の範囲であるのに対し、ドクター・リーは0.03~0.16g/cm2 の範囲の回復を見ています。骨吸収阻害薬は、元々骨密度の低下をスローダウンするのが目的で、骨密度の回復は実質的に不可能といわれてきたので、製薬業界と医学会がドクター・リーを目の敵にするという、患者を無視した不幸な歴史が展開することとなりました(人体同一天然ホルモン: 医者が無知な理由を参照)。
骨粗鬆症一歩手前の骨量減少患者(平均骨密度 0.9g/cm2)の骨密度の変化と骨代謝マーカーを調べた臨床データの報告が1つありますが、使用されたホルモン補充は、正常な月経周期を再現するという目的で、経皮エストラジオールを2575、マイクログラムの範囲で上下させたのはいいとして、プロゲステロンは残念ながら、周期の後半のみ、経口で50mg6日間と100mg6日間という過剰投与でした。プロゲステロンが過剰投与の範囲だったためでしょうか、骨密度の増加はドクター・リーの結果に比べて半分程度となっています。それでも、従来の経口エストロゲン+疑似プロゲステロン (1 mg estradiol valerate [358.39 g/mol] + 2 mg estriol [288.39 g/mol] + 0.25 mg levonorgestrel [312.466 g/ mol])を使用したグループよりは少し良い結果でしたが、1年間の臨床実験の結果、造骨の指標であるオステオカルシンの増加は見られず、骨コラーゲンの合成指標であるタイプIプロコラーゲン・カルボキシ末端プロペプチドは減少しました。つまり、骨密度は骨吸収率の低下によって増加したけれども、新しい骨の増加は見られず、骨がもろくならないようにするコラーゲンは減少し、プロゲステロンの過剰投与が骨にとっても有害である可能性を示唆する結果となっています。
ドクター・リーの結果では3年間で骨密度が17~18% BDM (1年に6% ) 増加するのが見られましたが、Stanoszの実験では、1年間で骨密度が3.8% 増加しています。2倍近くの差が見られるわけですが、このドクター・リーの結果がどれだけ確実に再現できるかどうかは非常に重要なことであるにもかかわらず、いまだに誰も追試していないだけでなく、「人体同一天然ホルモン: 医者が無知な理由」で見たように、医学会も製薬業界も、ドクター・リーの結果を追試するどころか、それを否定するのに躍起になっているのが現状です。
ホルモンの過剰投与が有害なことは「ホルモンレベル:過多と過少の見分け方」で見ましたが、一つ確かなことは、過剰投与はストレスホルモン、コーチゾル上昇の原因になり、その点だけを取っても骨に有害であるといえます。

疑似プロゲステロンのコーチゾル作用

プロゲステロンは骨に悪いと主張する人がいるとすれば、それはコーチゾル作用を持つ疑似プロゲステロンのことを言っていると思って間違いありません。本物のプロゲステロンにはコーチゾル受容体との親和性はありますが、コーチゾルをブロックするだけでコーチゾル様の作用はありません。
プロゲステロン、コーチゾル、血管収縮
本物のプロゲステロンはコーチゾル受容体をブロックしてコーチゾルの作用が過剰にならないように調整します。さらに、血管の収縮はカルシウムイオンに依存していますが (Vascular responses of ophthalmic arteries to exogenous and endogenous norepinephrine. H Ohkubo, S Chiba 1989)、プロゲステロンは細胞内にマグネシウムを取り込むことによってカルシウムをブロックするので、過剰な血管の収縮を防ぎます。血流も骨に影響するので、その点でもプロゲステロンは骨に良い影響を与えるといえます。

プロゲステロンの研究が進まない理由

これまでに行われてきたホルモン補充の研究の大多数は、疑似プロゲステロンを使っています。アメリカで行われた大規模な臨床実験 (Women's Health Initiative clinical trials) もその一つですが、疑似プロゲステロンが危険であることが十分証明されてきたにも関わらず、そして、本物のプロゲステロンが安全で効果的であることを示すデータがあるにも関わらず、それを発展させ確認するための研究は皆無といっていい状態です。上で見たStanoszの実験のように、たまに本物のプロゲステロンを使った実験があっても、更年期障害の程度、コーチゾルレベル、開始時の骨密度、骨密度の変化、骨代謝物質の変化などの重要な情報や分析が提供されていないことが多いばかりでなく、過剰投与の問題があって、使い物になりません。

ホルモン過剰投与の問題

ホルモンは多ければいいというものではありません。これは自前のホルモンでも補充ホルモンでも同じです(ホルモンレベル:過多と過少の見分け方を参照)
プロゲステロンの過剰投与
エストロゲンの過剰投与とコーチゾル
エストロゲンの補充にプロゲステロンを追加すると、エストロゲン受容体が増加して、エストロゲンへの感受性が高くなり、エストロゲン過剰投与になる可能性があることも考慮に入れておく必要があります。エストロゲンの過剰投与下ではストレス反応とコーチゾル分泌が高くなります。
したがって、臨床実験では、エストロゲン+プロゲステロンを組み合わせて使用する場合、プロゲステロンの過剰投与のみではなく、エストロゲンの過剰投与にも注意する必要があります。この点を考慮すると、従来の臨床実験のほとんどは落第といわざるを得ません。たとえば、更年期障害を除去するには、経皮エストラジオール、10.025~0.050mg で十分であることが知られていますが、その20倍の1mgを使用した実験もまれではありません。
プロゲステロンの過剰投与で見たように、高レベルのホルモン補充の作用と低レベルのホルモン補充の作用が質的に同じである保障はありません。全く反対の作用がある場合も考慮する必要があります。
更年期に近くなって卵巣機能が低下し、プロゲステロンが低下して、エストロゲンが上昇する頃になると、骨量が低下することは前から知られていたことです。このような状態は「エストロゲン優位」とか「エストロゲン過多」とか呼ばれていますが(ホルモンバランス:崩れの推移骨の維持とプロゲステロンの役割を参照)、骨量の低下は、エストロゲン優位が女性の健康に及ぼす悪影響のほんの一部に過ぎません。数十年前からRay PeatJohn R. Leeが指摘してきたエストロゲン優位状態が女性の健康に及ぼす悪影響は、ホルモン補充でも無視できないことです。それを避けるには、エストロゲンは必ずプロゲステロンと一緒に使用することです。正しいホルモン補充については、以下のページをご覧ください。
Ray PeatJohn R. Leeの研究を受け継ぐ研究者がほとんどいないと言っていいくらい少ない理由については、「人体同一天然ホルモン: 医者が無知な理由」と「The Hormone War is Heating Up」をご覧ください。

骨シリーズ
  1. 骨の健康:更年期に何が起きるのか
  2. 骨を弱くする嘘つきビスホスホネート系薬剤
  3. エストロゲン・パラドックス
  4. 骨の維持とプロゲステロンの役割
  5. ストレスホルモンが骨を破壊する
  6. 更年期のエストロゲン補充が骨に役立つ理由
  7. お粗末な天然プロゲステロン研究の現状 <<現在のページ
  8. 骨質も骨量と同じだけ重要
  9. 骨の健康を維持するための基本

2014/12/12

更年期のエストロゲン補充が骨に役立つ理由








エストロゲンは中高年の女性の更年期障害の治療だけでなく、骨量の低下をスローダウンするためにも広く処方されてきました (Ultralow-dose micronized 17beta-estradiol and bone density and bone metabolism in older women: a randomized controlled trial. Karen M Prestwood, et. al. 2003)。一般には、女性ホルモン、特にエストロゲンを補充すれば骨量の急激な低下を抑制して骨粗鬆症を防止できるとされています。しかし、これは「骨とエストロゲン・パラドックス」で見たように、単純すぎる見方です。
閉経前の数年間は、生理が不順になり、生理が3~6か月間止まることもあり、その期間はプロゲステロンは分泌されません。エストロゲンはわずかしか分泌されない期間が続いたかと思うと、急に異常に高くなり、重い生理がくることもあります(ホルモンバランス:崩れの推移を参照)。閉経後の数年間はエストロゲンの分泌が生理を誘発するレベルに到達せず、最後には低いレベルに落ち着きます。この期間は更年期または更年期の移行期と呼ばれ、更年期障害が最も顕著になる期間です。骨量の低下がエストロゲンレベルの低下にのみ左右されているとすれば、移行期のエストロゲンレベルは、その後の低エストロゲンに落ち着いた後より高いので、骨量の低下は低レベルに落ち着いた後の方が加速するはずですが、実際はその逆になっています。つまり、この期間にはエストロゲンの骨吸収をスローダウンする作用を上回る破壊的な作用を持つ要因が働いていると考えられます(ストレスホルモンが骨を破壊するを参照)。
それでは、更年期になってエストロゲンを補充すれば、なぜ骨量の低下をスローダウンできるのでしょうか。それは、エストロゲンの骨に対する作用が更年期の骨を破壊する作用を上回るからといった単純なものではありません。

エストロゲンと更年期障害

エストロゲンの最も明白な作用は、ホットフラッシュなどの更年期障害の除去にあります。更年期障害が除去されれば、それに伴う高レベルのコーチゾル、アドレナリン、ノルアドレナリンを避けることができます。「Menopausal Symptoms And Underlying Mechanism」で見たように、エストロゲンは副交感神経系を強化して、エストロゲン禁断症状ともいえる更年期特有の交感神経系の緊張状態を緩和します。
安全なホルモン補充が、経皮の超低量エストラジオール+経皮の天然(本物の)プロゲステロンであることは別のところで説明しましたが、ホルモン補充によって更年期症状を取り除くと、ストレスホルモン(コーチゾル、アドレナリン、ノルアドレナリン)のレベルも下がります。多くの場合、ホットフラッシュなどの更年期障害の症状はエストラジオールだけで取り除くことができますが、「安全なホルモン補充:確かな証拠」で見たように、エストロゲンの単独補充は安全ではありません。人によっては、プロゲステロンの補充のみで更年期障害を取り除くことができますから、その点だけを取ってもプロゲステロンはコーチゾルを減少することができるといえますが、プロゲステロンは本来、コーチゾルの作用を直接抑制する作用を持っていることが知られています(疑似プロゲステロンの酢酸メドロキシプロゲステロンでさえ、ステロイドによる骨粗鬆症を低減させることができることが観察されているEffective therapy of glucocorticoid-induced osteoporosiswith medroxyprogesterone acetate. E O Grecu, A Weinshelbaum, R Simmons 1990)

血行に対する酸化窒素 (NO) の作用と骨への影響

エストロゲンのNO生成を促進する作用は、その血流を増加させる作用を介して骨形成の重要な要因になっているといえます。
更年期障害と心血管系の病気」で見たように、エストロゲンもプロゲステロンも心血管系と血行に深く関わっています。血管を拡張する作用を持つNOの生成を促進することによって、エストロゲンは血液が必要なときに必要な場所へ運ばれるようにするメカニズムに直接関与しています。NO生成が十分でないために骨髄への血行が低下すると、健康な骨の維持が難しくなります。MRI画像を使って骨髄への血液供給を調べた研究では、骨密度の低下と骨髄への血流低下が並行して発生していることが観察されています。さらに血流の低下に伴って骨髄の脂肪領域が拡張し、新しい血球細胞を生成する領域が狭くなるのが観察されています。つまり、血流が減少するだけでなく、造血能力も低下します。
血流の減少によって酸素の供給が減少すると、破骨細胞になる単核細胞が多くなります。

エストロゲンと血管新生

エストロゲンは血管の新生を促進することが知られています。エストロゲンの低下は小血管の新生を阻害することによって血液供給を低下させます。

コーチゾルとノルアドレナリンの血管収縮作用

コーチゾルもノルアドレナリン(交感神経系の伝達物質)も心拍を増加すると共に血管を収縮し血圧を上げ骨格筋への血液供給量を増加します。これは生理機能を「闘争や逃走」に適した状態にするための一環として行われますが、これらのホルモンが慢性的に高いと、安静時にも同様の状態が継続して、休息と修復を促進する副交感神経系の作用を妨げます。「ストレスホルモンが骨を破壊する」でコーチゾルの分解作用を見ましたが、骨の健康に血液の供給が重要だとすれば、コーチゾルはその点でも有害です。慢性的な高レベルのコーチゾルは血管を直接収縮させるだけでなく、血管のノルアドレナリンに対する感受性を高め、その結果として血管収縮が増幅される一方、副交感神経系のアセチルコリン性血管拡張の邪魔をします。
更年期障害を特徴付ける高コーチゾルと高ノルアドレナリン(交感神経系の緊張)、副交感神経系の活動低下(Menopausal Symptoms And Underlying Mechanism を参照)は、慢性の血管収縮(高血圧)をもたらし、それに伴う血液供給能力の低下は骨も含めて体のあらゆる部分の退化と老化を加速します。更年期障害で苦しんでいる間は、自前のエストロゲンが提供する保護的な作用よりも更年期障害の破壊的な作用の方が健康に対する影響が大きいといえます。つまり、このとき最も重要なことは更年期障害を避けるための工夫をすることです。その最も手軽で確実安全な方法については、以下のページを参照してください。

骨シリーズ

  1. 骨の健康:更年期に何が起きるのか
  2. 骨を弱くする嘘つきビスホスホネート系薬剤
  3. エストロゲン・パラドックス
  4. 骨の維持とプロゲステロンの役割
  5. ストレスホルモンが骨を破壊する
  6. 更年期のエストロゲン補充が骨に役立つ理由 <<現在のページ
  7. お粗末な天然プロゲステロン研究の現状
  8. 骨質も骨量と同じだけ重要
  9. 骨の健康を維持するための基本