更年期の心血管系への影響
疫学的データを見ると、30~50歳では男性の心血管系疾病が女性より多くなっています。更年期前と更年期以降の女性を比べると、更年期以降に女性の心血管系疾病が増加し、男性との比較でも更年期以前に見られた明確な差が見られなくなっています。
- Menopause and risk of cardiovascular disease: the Framingham study. W B Kannel, M C Hjortland, P M McNamara, T Gordon 1976
- Age at menopause as a risk factor for cardiovascular mortality. Y T van der Schouw, Y van der Graaf, E W Steyerberg, J C Eijkemans, J D Banga 1996
- Population-based study of age at menopause and ultrasound assessed carotid atherosclerosis: The Tromso Study. O Joakimsen, K H Bonaa, E Stensland-Bugge, B K Jacobsen 2000
- Sex differences and the effects of sex hormones on hemostasis and vascular reactivity. D W Schwertz, S Penckofer 2001
このようなデータから推測されることは、卵巣ホルモン(エストラジオールとプロゲステロン)が女性を心血管系疾患から守っているということです。そのメカニズムを解明するために多くの実験が行われてきましたが、動物実験でも臨床実験でも、卵巣ホルモンが心血管系の機能に深く関わっていることは疑う余地のないことが示されています。
中でも、最もよく研究されてきたのが、血管内皮依存性血流仲介性血管拡張反応 (endothelium dependent flow-mediated dilation: ここでは短縮して血管内皮依存性拡張反応と呼ぶことにします) のようです。これは、血流速度の変化によって血管内皮に掛かる力が変化するのを感知して適宜反応するメカニズムが血管内皮細胞に存在し、血流量が上がると血管が拡張して血流の増加に対応できることに注目した研究です。血管の拡張に直接関わっている物質は酸化窒素(NO)ですが、卵巣ホルモンが血管内皮細胞のNO生成を促進する作用を持っていることが確認されていることから、ホルモン補充を考える上でも重要な現象になっています(レビューには、Hormonal modulation of endothelial NO production. Sue P Duckles, Virginia M Miller 2010を参照)。 体の各所に供給される血液の量は、その時々の必要性に応じて絶えず変化しています。運動などで体温が上がると、熱を発散するために体表面の血流が増加します。食事を取ると消化機能を活発にするために消化器官への血流が増加します。頭を使っているときは脳への血流が増加し、筋肉を使っているときは筋肉への血流が増加するといった具合です。血管内皮依存性拡張反応はこのようなオンデマンドの血液供給を支えるメカニズムなのです。
血管の拡張は自律神経系のアセチルコリンという神経伝達物質やカルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)などの補助伝達物質の影響も受けます。血管内皮依存性拡張反応も神経伝達物質の作用も、血管内皮細胞がNOその他の血管拡張作用を持つ物質を生成する能力に依存しています。血管内皮細胞ではエンドセリンなど血管を収縮させる物質も生成されます。
血流量が増加したときに、その領域の血管の平滑筋が弛緩して拡張しなければ、血流速度が上がり、血管壁に対する摩擦や圧力が高くなり、血管の損傷や心臓への負担が大きくなります。血液の供給自体も制限され、必要なとき必要な場所に酸素や栄養が十分に供給されなくなります。したがって、血管内皮依存性拡張反応は血液供給能力と心血管系の機能やリスク全般の指標となる機能として注目されてきました(レビューには、Endothelial Dysfunction and Coronary Artery Disease, Paulo R. A. Caramori, Alcides J. Zago 1997を参照)。 更年期と血管内皮依存性拡張反応
生殖能のある若い女性に比べると、同年齢の男性の血管拡張反応は、女性の月経周期でエストラジオールとプロゲステロンが一番低いときの血管拡張反応に匹敵します(Modulation of Endothelium-Dependent Flow-Mediated Dilatation of the Brachial Artery by Sex and Menstrual Cycle, Masayoshi Hashimoto, et. al. 1995)。ホルモン療法を使用していない閉経後の女性と同年齢の男性を比較すると、血管拡張反応は同じレベルになっています(Effect of hormone replacement therapy on nitric oxide bioactivity and monocyte chemoattractant protein-1 levels., K K Koh, J W Son, J Y Ahn, S K Lee, H Y Hwang, D S Kim, D K Jin, T H Ahn, E K Shin 2001)。これらの観察は、疫学的データで見られた心血管疾患での男女差が閉経と共に消えるという現象に対応しています。 補足:血管内皮依存性拡張反応に影響するのはホルモンだけではありません。血管内皮細胞によるNOの放出を増加させる効果があるものとして、エストロゲン、プロゲステロン、運動、食事などがあり、低下させる要因としては、酸化ストレス、喫煙、酸化されたLDLコレステロール、その他が報告されています(レビューには、Endothelial Dysfunction and Vascular Disease., Paul M Vanhoutte, Hiroaki Shimokawa H, Eva H C Tang, Michel Feletou, 2009 を参照)。 更年期障害と心血管系の障害
ホットフラッシュなどの更年期障害は卵巣ホルモンの衰退に関係しているので、更年期障害と心血管疾病との間にも明確な関係が存在しているのではないかと予想されます。
これらの観察を総合して考えると、ホットフラッシュなどの更年期障害は単純にホルモンの低下のみに左右されるものではないという結論に達します。さらには、ホットフラッシュは更年期の一見健康そうな中年女性の心血管系で進行している変化のマーカーの一つと見ることができると言えます。
心血管系の病気を患っている人を調べると、必ずといっていいほど血管内皮依存性拡張反応の低下が見られるようです。
- たとえば、閉経後の女性で血管造影に異常が認められないのに狭心症を患っている人を調べた結果、血管内皮依存性拡張反応が低下しているのが観察されています(Acute and mid-term combined hormone replacement therapy improves endothelial function in post-menopausal women with angina and angiographically normal coronary arteries. M Sitges, et al. 2001)。
- 高齢の虚血性脳卒中の患者(男性58.3%、年齢の中央値73才)では、血管内皮依存性拡張反応の低下の度合いが大きいほど病状が悪く回復も困難になっています (Brachial arterial flow mediated dilation in acute ischemic stroke., D Santos-Garcia, M Blanco, J Serena, S Arias, M Millan, M Rodriguez-Yanez, R Leira, A Davalos, J Castillo, 2009)。
- 高血圧のある閉経後の女性は血管内皮依存性拡張反応が低下しています(Effect of estrogen replacement therapy on endothelial function in peripheral resistance arteries in normotensive and hypertensive postmenopausal women. Y Higashi, et.al. 2001)。
- 日本人女性の冠攣縮性狭心症患者を対象とした検査で、血管内皮依存性拡張反応が低下していることを示した研究があります。Flow-mediated, endothelium-dependent dilatation of the brachial arteries is impaired in patients with coronary spastic angina. T Motoyama, H Kawano, K Kugiyama, K Okumura, M Ohgushi, M Yoshimura, O Hirashima, H Yasue. 1997
- ただし、白人女性の冠攣縮性狭心症患者を対象とした検査では、血管内皮依存性拡張反応との関連は見られなかったという報告もあり、冠攣縮性狭心症に深く関わっていいる要因が他にもあることが伺えます(後のプロゲステロンのセクションを参照)。Caucasian patients suffering from coronary vasospastic angina have an intact peripheral endothelium-dependent vasoreactivity. Ali Yilmaz, Matthias Vohringer, Anastasios Athanasiadis, Peter Ong, Rimma Merher, Dieter Ratge, Cornelius Knabbe, Udo Sechtem. 2008
- 逆に、血管内皮依存性拡張反応が低下している人は、行く行く高血圧などの心血管疾患に発展する可能性が高いようです(Flow-mediated vasodilation and the risk of developing hypertension in healthy postmenopausal women. Rosario Rossi, 2004)。
つまり、血管内皮依存性拡張反応は心血管系全般の健康状態の指標になると共に、その低下は悪化の要因と見ることができます。
ホルモンの影響を受け、心血管機能に影響するもう一つの要因に自律神経系の活動があります。自律神経には交感神経と副交感神経があり、更年期障害は交感神経の活動が強くなり副交感神経の活動が弱くなることと関係しています(Menopause: Underlying Mechanismを参照)が、交感神経の緊張は高血圧とも関係しています。 ホルモン療法の効果
更年期のホルモン療法が血管内皮依存性拡張反応を改善することに疑いの余地はありません。これは間違った(危険な)ホルモン療法を使って行われた過去の実験でも見られる効果ですが、副作用を調べた実験では、血管内皮依存性拡張反応の改善はあっても血栓リスクが必ず上昇しています。長期使用では、血管内皮依存性拡張反応の改善自体も見られなくなっているものもあります。
- Estrogen improves endothelium-dependent, flow-mediated vasodilation in postmenopausal women. E H Lieberman, et. at.,1994, (経口エストラジオール1日1 mgまたは2 mgという異常に高い容量を使用。血管内皮依存性拡張反応の改善の効果あり。)
- Hormone replacement therapy is associated with improved arterial physiology in healthy post-menopausal women. J A McCrohon, et. al. 1996. (閉経前: 26才+/- 6: +9.6%、閉経後3年以内に標準のETまたはHRTを2年以上使用:57才+/- 4: +6.2%、閉経後一度もホルモン療法を使用していない:58才+/- 3: +4.4%)
- Effects of transdermal and oral estrogen supplementation on endothelial function, inflammation and cellular redox state. H Kawano, et al. 2003 (経皮および経口エストロゲンの12日間の単独補充はどちらも血管内皮依存性拡張反応を改善した。ただし、エストロゲン単独補充の危険性が、細胞を酸化から保護する物質の低下と、高感度C反応性タンパク質(hs-CRP)の増加で示された。プロゲステロン補充なし)
- Hormone replacement effects on endothelial function measured in the forearm resistance artery in normocholesterolemic and hypercholesterolemic postmenopausal women. Mitsuhiro Sanada, et. al. 2002, (かつて標準ホルモン療法として使用されていた、馬のホルモンであるプレマリン (1日0.625 mg) + 疑似プロゲンステロンの一つである酢酸メドロキシプロゲステロン (1日2.5 mg) を6ヶ月使用。高コレステロール血症のある女性でより大きな血管内皮依存性拡張反応の改善が見られた)
- Blood pressure control and hormone replacement therapy in postmenopausal women at risk for coronary heart disease. James A McCubbin, Suzanne G Helfer, Fred S Switzer 3rd, Thomas M Price 2002(血圧上昇を誘発する刺激に対する血圧上昇反応を測定。ホルモン療法を使用してきた女性の血圧上昇反応は、使用してこなかった女性より低かった。)
ホルモン療法と動脈硬化の関係も予想通りに観察されています。
ホルモン療法の効果は即座(長くても24時間以内)
- Acute and mid-term combined hormone replacement therapy improves endothelial function in post-menopausal women with angina and angiographically normal coronary arteries. M Sitges, et al. 2001 (血管造影に異常が認められない閉経後の狭心症患者を調べた結果、血管内皮依存性拡張反応が低下しているのが観察された。そのような女性を対象に経皮(張り薬)エストラジオール100 microgを投与して、24時間後に調べると、血管内皮依存性拡張反応に改善が見られた。50 microg を6週間使用した場合も同様の改善が見られた。この効果は疑似プロゲステロン(酢酸メドロキシプロゲステロン)を併用したグループでも併用しなかったグループでも同じだった。ただし、6週間使用後の検査では明らかに血栓リスクが上昇していた。)
- エストロゲンの血管を保護する作用は血管内皮のNO生成能力を促進する作用の現れであることがさまざまの角度から観察されてきましたが、エストロゲンの一つである17ベータ・エストラジオールを1日1mg(とんでもない過剰投与量ですが)を長期間続けた結果、NO生成の増加は見られなかったという報告があります (Long-term effect of estrogen replacement on plasma nitric oxide levels: results from the estrogen in the prevention of atherosclerosis trial (EPAT)., Juliana Hwang, Wendy J Mack, Min Xiang, Alex Sevanian, Roger A Lobo, Howard N Hodis 2005)。
- 虚血性大腸炎というまれな病気の原因がホルモン療法であったという結論に達した研究がありますが、実際に使用されたエストロゲンとプロゲステロンを調べると、さまざまな形態のエストロゲンが単独で、あるいはさまざまの疑似プロゲステロンと組み合わせて使用されていました。天然プロゲステロンを使用していたケースは一つもありませんでした(Ischemic colitis in postmenopausal women taking hormone replacement therapy., S Zervoudis, T Grammatopoulos, G Iatrakis, G Katsoras, C Tsionis, I Diakakis, C Calpaktsoglou, S Zafiriou. 2008)。
エストロゲン単独療法を正当化できる条件はありません
更年期のホルモン療法によって血管内皮依存性拡張反応を回復できることに疑いの余地はありません。しかし、旧来のホルモン療法では必ず血栓リスクが発生することも見逃せません。ホルモン補充には、さまざまの形態のエストロゲンと疑似プロゲステロンおよび天然プロゲステロンが単独で、または組み合わせて使用され研究されてきましたが、ここで、最も重要なことは、安全なホルモン補充形態は人体同一(天然)ホルモンの経皮補充しかないこと、エストロゲン単独療法は危険であるということをしっかり確認しておくことです。詳しくは、「安全なホルモン補充: 確かな証拠」、「ホルモンレベル:過多と過少の見分け方」、「ホルモン補充療法: Dos と Don'ts」をご覧ください。 心血管系に対するエストロゲンの作用には、血管内皮依存性拡張反応のように保護的な作用と血栓のように命取りになりかねない作用がありますが、それとは関係なく、エストロゲンを使用するときは、子宮癌のリスクを下げるためにプロゲステロンを使用するのが標準となっています。過去の実験では、さまざまの副作用があることが知られていた疑似プロゲステロンが標準プロゲステロンだったため、プロゲステロン+エストロゲンを組み合わせた場合、エストロゲンの恩恵が維持されるかどうか懸念がありました(多くの論文では従来から天然プロゲステロンも疑似プロゲストロンも区別なく黄体ホルモン剤とかプロゲステロン剤とか呼んで、その区別が一般の医者や消費者にはわからないようになっていることにも注意する必要があります)。
エストロゲンの血管を保護する作用は、更年期のホルモン療法でのみ観察できる現象ではなく、通常の月経周期における高ホルモン期でも見られる作用であることは既に説明しましたが、どちらの場合も、血管内皮依存性拡張反応はその保護作用の一部にすぎず、その効果は以下の側面からも研究されてきました。
- 血管炎症の減少: (Effect of hormone replacement therapy on nitric oxide bioactivity and monocyte chemoattractant protein-1 levels., K K Koh, J W Son, J Y Ahn, S K Lee, H Y Hwang, D S Kim, D K Jin, T H Ahn, E K Shin 2001)
- 頚動脈の伸展性: Regular exercise, hormone replacement therapy and the age-related decline in carotid arterial compliance in healthy women. Kerrie L Moreau, et. Al. 2003),
- 動脈の内膜中膜複合体厚 (動脈硬化の指標): (Arterial intima-media thickness: site-specific associations with HRT and habitual exercise. Kerrie L Moreau,et. al. 2002)
- 血管内皮細胞の酸化ストレス:血管内皮依存性拡張反応の改善に伴って改善する (Direct Evidence of Endothelial Oxidative Stress With Aging in Humans. Relation to Impaired Endothelium-Dependent Dilation and Upregulation of Nuclear Factor {kappa}B. Anthony J Donato, et. Al. 2007).
- 月経周期では、エストロゲンとプロゲステロンのレベルの変動に伴って血管内皮依存性拡張反応の大きさが変動するだけでなく、虚血性発作の頻度も変動します。狭心症などの心筋虚血発作はエストロゲンとプロゲステロンのレベルが低い期間に多くなります(Menstrual cyclic variation of myocardial ischemia in premenopausal women with variant angina. H Kawano, T Motoyama, M Ohgushi, K Kugiyama, H Ogawa, H Yasue, 2001)。
血管内皮依存性拡張反応はNO(酸化窒素)の増加によってもたらされますが、NOのこの作用は心臓病の治療では良く知られているもので、ニトログリセリンなどのNOを放出する物質は狭心症の発作に対する薬としても利用されています(生殖器への血流を増加するために使用される Viagra、Levitra、Cialisなどの薬でも同様の効果を得られるようです)。NOの効用は、血管内皮依存性拡張反応だけでなく、動脈硬化度の減少、抗酸化効果、抗炎症効果についても知られています。
- Nitrite supplementation reverses vascular endothelial dysfunction and large elastic artery stiffness with aging., Amy L Sindler, Bradley S Fleenor, John W Calvert, Kurt D Marshall, Melanie L Zigler, David J Lefer, Douglas R Seals, 2011
- Clinical Translation of Nitrite Therapy for Cardiovascular Diseases., John W Calvert, David J Lefer, 2009
- Chronic treatment with tadalafil improves endothelial function in men with increased cardiovascular risk., Giuseppe M C Rosano, Antonio Aversa, Cristiana Vitale, Andrea Fabbri, Massimo Fini, Giovanni Spera 2005
NOの心血管系に対する保護作用には抗酸化効果も関係していることから、アルファリポ核酸や植物からの抗酸化栄養補助剤にも心血管系を保護する効果が期待されます。少なくともネズミを使った実験では、抗酸化栄養補助剤が抗酸化ストレスと炎症を減少することが観察されています。
天然プロゲステロンの心血管系に対する保護的な役割
ホルモン療法の心血管系を保護する作用の研究では、エストロゲンの作用に関心が集中しています。既に説明したようにプロゲステロンに言及するときは、エストロゲンの作用を妨害する可能性に関心が集中しています(例:「エストロゲンと血管」(高橋 一広)は疑似プロゲステロンと本物のプロゲステロンを区別していないので注意が必要です)。実際に、プロゲステロンが心血管系に対するエストロゲンの作用を妨害するかもしれないという懸念は、疑似プロゲステロンを使用した場合には、妥当な懸念であることが示されてきため、エストロゲンの単独使用を正当化する理由としても利用されてきました(エストロゲンとプロゲステロンの組み合わせは、エストロゲン単独使用がもたらす子宮癌リスクを回避するために必須となっていますが、子宮摘出後の女性の場合は必要ないと考えられてきました)。しかし、天然プロゲステロンを使うと全く異なった可能性が見えてきます。 - Vascular Effects of Progesterone : Role of Cellular Calcium Regulation. Mario Barbagallo, Ligia J. Dominguez, Giuseppe Licata, Jie Shan, Li Bing, Edward Karpinski, Peter K. T. Pang, Lawrence M. Resnick 2001
- The effect of progesterone on spontaneous and agonist-evoked contractions of the rat aorta and portal vein. M S Mukerji, H L Leathard, H Huddart 2000
- Prompt effect of progesterone on the adrenergic response of smooth muscles. S Morishita. 1986
- Nongenomic vasodilator action of progesterone on primate coronary arteries. Richard D Minshall, Dusan Pavcnik, David L Browne, Kent Hermsmeyer. 2002
- Rapid inhibition of the contraction of rat tail artery by progesterone is mediated by inhibition of calcium currents. Zhang M, Benishin CG, Pang PK. 2002
- Ca2+ release mechanism of primate drug-induced coronary vasospasm. K Miyagawa, J Vidgoff, K Hermsmeyer. 1997
- Progesterone supplementation attenuates hypertension and the autoantibody to the angiotensin II type I receptor in response to elevated interleukin-6 during pregnancy. Amaral LM., et. al. 2014
プロゲステロン(黄体ホルモン)の研究を調べるときに注意しなければならないことは、そのタイトルやアブストラクトを読んだだけでは疑似プロゲステロンを使ったのか本物のプロゲステロンを使ったのかわからない場合が少なくないことです。ひどい場合には論文全体を読んでもわからない場合があります。そのような論文を掲載する専門誌には何らかの意図が隠されていると疑って掛かる必要があります。大多数の医者が疑似プロゲステロンと本物(天然)のプロゲステロンの作用に大きな違いがあることを知らずに、両方とも危険だと考えたり、間違ったホルモン療法を処方し続ける背景には、そのような「意図的な操作」があることも知っておかなければなりません。
本物(天然)のプロゲステロンと疑似プロゲステロンの区別が重要な理由は既に解明されていて、エストロゲン+疑似プロゲステロンの副作用としては、心血管系への影響だけに限っても、命取りになりかねない血栓リスク、冠動脈の痙攣リスク、動脈硬化リスクが知られています。
- 酢酸メドロキシプロゲステロンが心血管系に対して有害な理由の一つは、血管内壁の粘着性を高くして炎症が起きやすくなり、プラークの蓄積、動脈硬化へと進むからということも確認されています。一方、天然プロゲステロンは逆に接着分子と血小板凝集を抑制することも確認されています
Progesterone, but not medroxyprogesterone, inhibits vascular cell adhesion molecule-1 expression in human vascular endothelial cells. M Otsuki, H Saito, X Xu, S Sumitani, H Kouhara, T Kishimoto, S Kasayama. 2001。
Progesterone and 17 beta-estradiol acutely stimulate nitric oxide synthase activity in rat aorta and inhibit platelet aggregation. J Selles, N Polini, C Alvarez, V Massheimer. 2001
- 酢酸メドロキシプロゲステロン (Provera, Amen, Cycrin)や酢酸ノルエチンドロン(Aygestin, Norlutate)などの疑似プロゲステロンとは違い、生理レベルの天然プロゲステロンはエストラジオールの血管内皮依存の作用、NO依存の血管拡張を妨害しないことが、健康な閉経後の女性で確認されています。Preserved forearm endothelial responses with acute exposure to progesterone: A randomized cross-over trial of 17-beta estradiol, progesterone, and 17-beta estradiol with progesterone in healthy menopausal women., K J Mather, E G Norman, J C Prior, T G Elliott, 2000
冠攣縮性狭心症には血管を拡張するニトログリセリン(NO放出物質)が効果があります。したがって、血管内皮依存性拡張反応を支えるエストラジオールのNO生成促進作用が冠攣縮性狭心症患者では低下している可能性が考えられます。日本の一般向けの医学情報を読むと、冠動脈の痙攣による心臓発作リスクはエストラジオールによって血管内皮依存性拡張反応を促進すれば軽減できるという印象を与える記述を良く見かけますが、エストラジオールが血管内皮依存性拡張反応を促進するという作用は確立されている現象といえるのに対し、血管内皮依存性拡張反応機能と冠動脈の痙攣リスクとの関係は確立していません。
- 日本人女性の冠攣縮性狭心症患者を対象とした検査で、血管内皮依存性拡張反応が低下していることを示した研究があります。Flow-mediated, endothelium-dependent dilatation of the brachial arteries is impaired in patients with coronary spastic angina. T Motoyama, H Kawano, K Kugiyama, K Okumura, M Ohgushi, M Yoshimura, O Hirashima, H Yasue. 1997
- 白人女性の冠攣縮性狭心症患者を対象とした検査では、血管内皮依存性拡張反応との関連は見られなかったという報告があり、冠攣縮性狭に深く関わっていいる要因が他にもあることが伺えます。Caucasian patients suffering from coronary vasospastic angina have an intact peripheral endothelium-dependent vasoreactivity. Ali Yilmaz, Matthias Vohringer, Anastasios Athanasiadis, Peter Ong, Rimma Merher, Dieter Ratge, Cornelius Knabbe, Udo Sechtem. 2008
エストロゲンと違って、天然プロゲステロンは血管内皮に依存しない血管の弛緩をもたらします。それは動脈収縮の減弱という形で観察できますが、動脈収縮を弱くする作用も、血管の痙攣性収縮を弱くする作用も、血管平滑筋細胞へのカルシウムの流入を抑制するプロゲステロンの作用によるものです。
- Progesterone induces endothelium-independent relaxation of rabbit coronary artery in vitro. C W Jiang, P M Sarrel, D C Lindsay, P A Poole-Wilson, P Collins. 1992
- Properties of a progesterone-induced relaxation in human placental arteries and veins. H A Omar, R Ramirez, M Gibson. 1995
- Differential effects of progesterone and 17beta-estradiol on the Ca(2+) entry induced by thapsigargin and endothelin-1 in in situ endothelial cells., J Y Toshima, K Hirano, J Nishimura, H Nakano, H Kanaide, 2000
もう一つ注意すべきことは、エストロゲンもプロゲステロンも投与量が低い方が効果があることを示す実験があり、高い投与量のみを使った実験の結果の解釈には注意が必要だということです。
まとめ
プロゲステロンとエストロゲンは血管の機能を異なった側面からサポートしていることは明らかです。両ホルモンのバランスが崩れると、その影響が何らかの形で心血管系にも現れると考えるのが妥当だと思います。
エストロゲンもプロゲステロンも血管の収縮拡張機能、自律神経の反応性、動脈硬化、血管の痙攣などに深く関わっているということは、成人女性の心血管系の健康管理を考えるときには両方のホルモンを考慮する必要があることを意味します。心血管系の健康の指標 (血圧、血管内皮依存性拡張反応、最高血流量、血液中のNOなど) はすべて、月経周期のエストロゲンとプロゲステロンが高い期間に最も望ましい状態になります。その反対に、エストロゲンもプロゲステロンも低い期間は心臓発作などのリスクが高くなります。
月経周期内でホルモンレベルが変動し、エストロゲンもプロゲステロンも低い期間が一週間しか続かない閉経前と違って、閉経後はエストロゲンもプロゲステロンも低い期間が無期限に続きます。閉経前の女性は男性に比べて心血管系の疾患にかかりにくいことが知られていますが、閉経後には男女差が消え、閉経前に比べて女性の心血管系疾患が増加し、アメリカでは心血管系疾患が女性の死因の一位になっています。ホットフラッシュなどの更年期障害は、健康に見える更年期の女性の心血管系で進行している変化のマーカーの一つと見ることができます。
人体同一のホルモンを、超低量の経皮エストラジオールと低量の経皮天然プロゲステロンという形態で使ったホルモン療法は、ホルモンバランスを回復して、副作用なしで効果的に更年期障害を抑え、心血管系疾患リスクを削減します。
アメリカの「女性の健康イニシアチブ」の一部として行われたホルモン療法の大規模な臨床実験では間違った形態のホルモン療法が使用され、それが危険であることが証明されたため、医者も消費者も混乱し、ホルモン療法を恐れて、疑心暗鬼の消費者には安全で効果的なホルモン療法があるということが見えにくくなってしまいました。安全で効果的なホルモン療法については、以下のページを参照してください。